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横浜地方裁判所 昭和63年(ワ)1566号 判決

原告

竹内維庸相続財産

右法定代理人相続財産管理人

杉井厳一

被告

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

久保虎二郎

右訴訟代理人弁護士

高崎尚志

君山利男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一四〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  主張

一  請求原因

1  保険契約の締結

亡竹内維庸(以下「亡竹内」という。)は、被告との間において、昭和五九年七月一五日次の(三)の条項を含む自動車保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 被保険自動車

車名仕様  トヨタコロナGX

車台番号  〇〇三四二八〇

形式  AT一四〇

登録番号  相模五八る八二〇六

用途車種  小型乗用(家庭用)

(二) 保険期間

昭和五九年七月一八日午後四時から昭和六〇年七月一八日午後四時まで一年間

(三) 自損事故条項

被保険者が被告の支払責任の傷害を被り、その直接の結果として、死亡したときは一四〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う。

2  事故の発生

(一) 日時  昭和六〇年五月二四日午後八時五分ころ

(二) 場所  神奈川県足柄下郡箱根町千石原一二四六番地先国道一三八号線

(三) 関係車両  後記被保険自動車

(四) 右運転者  亡竹内

(五) 事故の態様  亡竹内は、被保険自動車を運転して、走行中、折りからの雨と濃霧の中運転を誤り、被保険自動車を道路左側側壁コンクリートに衝突させて、死亡した。

3  相続財産管理人の選任

亡竹内は死亡し、その相続人がすべて相続を放棄して相続人がいなくなったため、原告代理人は、昭和六一年六月五日横浜家庭裁判所から民法九五二条に基づき相続財産管理人に選任された。

4  保険金請求権の帰趨

(一) 被告は、後記のように、本件保険金請求権は、相続人の固有財産に属するから、原告(亡竹内相続財産)は、保険金請求権を有しないとして、最判昭和四八年六月二九日民集二七巻六号七三七頁を引用する。しかし、本件のような自動車保険の自損事故に基づく保険金請求は、右判決及びこれが引用する最判昭和四〇年二月二日とは事例を異にし、同様に考えることは不適切である。少なくとも自動車保険の自損事故条項に基づく請求であって、相続人がすべて相続放棄し、相続人において保険金請求をする意思のない本件のような場合には、右判決のいう「特段の事情のある場合」として別異に考えるべきである。

(二) 第一に、保険金の受取人を相続人として指定した場合の保険契約の解釈に関する判例は、契約者が保険金受取人を指定することができることを前提として、契約者が保険金受取人を相続人と指定した場合、あるいは、約款で契約者の右指定がない場合には相続人とすると定めた規定の解釈が問題とされたのである。つまり、これらの判例は、いずれも当事者の意思をどの様に解釈するのが合理的であるかという、当事者の意思解釈の問題としてなされており、したがって、それは、「特段の事情がない限り」という限定つきの一般的意思解釈である。

第二に、一般的意思解釈の基準をたてるに当たっては、保険請求の画一的処理を図るという要請とともに、相続人と被相続人の債権者との間、相続人相互の間(一部の相続人に指定された場合)、あるいは、相続人と受遺者との間など保険金受取人側の当事者その他の関係人の利害をどう調整するかということが価値判断を基準とすべきである。

(三) しかし、本件で問題となっている自動車保険の自損事故条項に基づく請求は、以上と基本的発想が異なっている。

第一に、自動車保険においては、契約者による保険金受取人の指定ということがない。保険金の受取人はすべて約款で定められている。死亡関係の保険金は「被保険者の相続人」、傷害関係の保険金は「被保険者本人」と定められていて契約者が選択する余地はない。

したがって、このような場合、画一的処理を図ると、きわめて、不合理な結果を招くことがある。例えば、本件のように相続人は相続放棄をして保険金を含めて一切受け取るつもりがなく、相続財産管理人に任せているのに、保険金請求権を保険契約の効力発生時期から相続人の固有財産とするのは、保険者だけを免責する結果となる。よって、保険金受取人を指定できることを前提とした前記判例の解釈を本件にそのまま適用することは、適当ではない。

第二に、本件のように相続人は相続放棄をし、保険金を含めて相続財産管理人に任せているときのように、保険金受取人側において争いのない場合、相続人の固有財産とするか、相続財産とするかは、当事者の意思解釈によるという前記判例による限り、保険金受取人側の意思ないし合意に任せてよく、これを画一に解して、保険者を免責する必要はない。

(四) 以上述べてきたとおり、本件においては、相続人は全員が相続放棄をして保険金請求をする意思はなく(すでに相続人の保険金請求は時効である。)相続財産において保険金を受領して債権者に弁済することを望んでいる場合、保険金受取人側においては、保険金を相続財産とすることになんら異存はないのであるから、このような場合、前記判例にかかわらず、保険金は、相続財産と解してよく、少なくとも前記判例のいう「特段の事情のある場合」として、保険金請求権を相続財産と解すべきである。

5  催告

原告代理人は、原告を代理して、被告に対し、昭和六一年一〇月一四日本件契約の自損事故条項に基づき、保険金の支払を求めた。

よって、原告は、被告に対し、右保険金一四〇〇万円及びこれに対する亡竹内が死亡した日の翌日である昭和六〇年五月二五日から支払ずみまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(保険契約の締結)の事実は認める。

なお、原告主張の条項は、自損事故条項第1条(当会社の支払責任)「①当会社は、保険証券記載の自動車(以下「被保険自動車」といいます。)の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害(ガス中毒を含みます。以下同様とします。)を被り、かつ、それによってその被保険者が生じた損害について自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合は、この自損事故条項及び一般条項に従い、保険金(死亡保険金、後遺障害保険金、介護費用保険金および医療保険金をいいます。以下同様とします。)を支払います。②前項の傷害には、日射、熱射または精神的衝動による障害を含みません。」というものである。

2  同2(事故の発生)の事実中、亡竹内が原告主張の日時に死亡したことは認め、その余は否認する。本件は、交通事故により死亡したものではない。

3  同3(相続財産管理人の選任)の事実は知らない。

4  同4(保険金請求権の帰趨)は争う。

仮に、本件保険金請求権が発生しているとしても、本件保険金請求権は、相続人の固有財産に属するものであり、原告(亡竹内相続財産)には属しないものである(最判昭和四八年六月二九日民集二七巻六号七三七頁)。

自損事故条項第5条(死亡保険金)には「当会社は、被保険者が第1条(当会社の支払責任)の傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、一四〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払います。」と規定されている。この第5条において死亡保険金の受取人は、「被保険者の相続人」と指定されている。この相続人という指定は、相続財産として移転する趣旨ではなく、保険契約上の受取人指定とするのが合理的である。

5  同5(催告)の事実は認める。ただし、被告は、原告代理人に対し、前同日ころ因果関係がないため支払えないと説明した。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(保険契約の締結)の事実及び同2(事故の発生)の事実中、亡竹内が原告主張の日時に死亡したことは当事者間に争いがない。

二同3(相続財産管理人の選任)の事実は、〈証拠〉によれば認められる。

三そこで、本件において保険金請求権が発生しているか否かは措き、同4(保険金請求権の帰趨)の事実について判断する。

(一)  〈証拠〉によれば、本件契約は、自家用自動車総合保険による契約であり、その普通保険約款第2章自損事故条項(死亡保険金)には、「当会社は、被保険者が第1条(当会社の支払責任)の傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、一四〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払います。」と規定されていることが認められる。

(二)  そこで、原告が本件契約の死亡保険金受取人と指定された「被保険者の相続人」に該当するか否かについて検討する。

ところで、右のような指定が通常どういう意味を持つかについては、一般的な保険契約者の意思を合理的に推測して、被指定者を特定するべきであり、特段の事情のない限り、保険契約者が死亡保険金受取人を「相続人」と指定する場合には、同人が死亡した時点、すなわち保険金請求権が発生した時点における法定相続人に保険金請求権を帰属させることを予定しているものであるということができ、その相続人が相続放棄をしたとしても、それによりその相続人が保険金請求権を失い、右相続放棄により相続権を取得した法定相続人が保険金請求権を取得するということまでは予定していないというべきである。すなわち、保険契約者が死亡保険金受取人を「相続人」と指定した場合には、特段の事情のない限り、被保険者死亡時(保険金請求権発生時)の相続人たるべき者を受取人として特に指定した、いわゆる他人のための保険契約と解するのが相当であり、右保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に相続人の固有財産(ただし、「被保険者の死亡時における相続人」の固有財産であるから、保険契約の効力発生時にはどの者についてかは不確定である。)となり、被保険者の財産から離脱していると解すべきである。また、右の「相続人」については、民法の相続に関する条項にしたがって特定するのが保険契約者の意思に合致するが、相続放棄の場合には、民法にしたがって、順次保険金請求権が移転するというのが保険契約の意思であるとはいうことはできないものであって、保険契約者の通常の意思がそれと異なると解することが相当であると認められる場合には、必ずしも常に民法の定める「相続人」と合致する必要はないものといえる。

なお、原告は、本件においては、保険金請求権者を原告とする特段の事情がある旨主張するが、相続放棄は相続人の固有財産には影響を及ぼすことはないものであり、また、原告主張の内容は、いずれも相続発生時以後の相続人の意思についてのものであるが、相続人の意思により約款の解釈を事案ごとに個々に行うことは、法律関係を煩雑にし、また保険者において、どの者に支払ってよいかその処理に支障をきたし、画一性がなくなるため、約款の解釈としてはとりえない見解であるというほかない。更に、相続人に原告主張のような意思があるならば、保険金請求権を行使した後、その金員を原告に交付するとか、保険金請求権を原告に譲渡するとか、直接原告に代わって支払を受けた保険金で債権者に債務を弁済するなどの方策をとれば、その趣旨をまっとうできるものであるから、そのために、約款の解釈を別異に解すべき特段の事情があるということはできないものである。

(三)  そうすると、本件では、時効か否かはさておき、亡竹内死亡当時の相続人が保険金請求権が発生している場合にはその請求権を有するものというべきであり、原告が保険金請求権を有するということはできず、原告が保険金請求権を有することを前提とする原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

四以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官宮川博史)

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